【歌詞解釈】何十年後かに「君」と出会っていなかったアナタに向けた歌【RADWIMPS】

2016/08/06

この記事のタイトルはRADWIMPSの曲名です。君とアナタが出てきます。
さらに歌詞中には、僕、そしてあの人が登場します。

  • アナタ
  • あの人

それぞれどういう関係でしょうか。探って参りましょう。

何十年後かに「君」と出会っていなかったアナタに向けた歌

歌詞はこちら

収録アルバム

アルバム収録はありません。2ndシングル「祈跡」の3曲目に収録されています。

曲の特徴

初期RADにありがちな、綺麗なメロディーの曲です。歌詞の内容は、登場人物の関係性がやや難解です。正しい解釈というのは存在しないでしょうが、関係性を自分なりに昇華させていくと味わいが深まります。

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歌詞考察・解釈

まず、この質問から入ります。

恋と呼んだあの季節 今は何と呼んでいるの?

かつて、恋をした時期もありました。それは今も恋でしょうか。過去の恋は今でも恋かしら。ときめきは健在でしょうか。

愛を誓ったあの言葉 今もそこで泣いているの?

恋をして、愛を誓いました。ずっと一緒に生きていくつもりでした。そんな約束もしました。でも、叶わなかった今、その時のあの言葉は、どこに行ってしまうのでしょう?今でもそこで泣いているのでしょうか?

「君が好きです」その言葉は今でも アナタを信じて待っている
「もう過去のことです」その言葉と 今でも強く闘っている

ここで、「君」と「アナタ」が登場します。

「君が好きです」と言ったのは、「アナタ」でしょう。曲名からすると、何十年後かに「君」と出会っていなかった「アナタ」です。「君」と出会っていないのに、「君が好きです」と。君と「君」は違うんですねきっと。

いつしか嘘にされたあの言葉に アナタは何と言ってやるの?
「今」のアナタのために生きてきた「今まで」のアナタはどうするの?

「君が好きです」と言って生きてきたアナタ。その言葉が嘘にされてしまったら、それまでのアナタは何だったの?という感じですかね。

絶対生きてやろうって思えるようになるのに必要なものがある

この曲は、ひとつの生きる意味を教えてくれます。

それは心で、それは涙で、それは愛で、それは夢で、
それは僕から「君」への思いです
そうだと信じるしか僕にはもう生きる意味はないのです

  • 「君」への思い

僕が生きる意味は、この5つであると取るか。

いいえ、

「君」への思い=「心、涙、愛、夢」

でしょうね。

つまり、「君」への思いが僕の全てです。そのために僕は生きているのです。そう言い切ってしまうくらいの僕なのです。

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まとめ

この曲の登場人物を整理しましょう。

「君」

まず、「君」です。これは、特定の人物ではないでしょう。言い換えるならば、「好きな人、恋した人、愛する人」です。

すると、「何十年後かに「君」と出会っていなかったアナタ」は、愛する人がいない状態のアナタです。
つまり、思いを捧げる対象がいない状態のアナタです。

思いを捧げる対象がないということは、「君」への思いが失われている。
それはもう、生きる意味を見失ってしまっている状態の僕と同じです。

「何十年後か」

「何十年後か」というのは、まあ将来と言ってしまえばそれまでですが、「今ではないいつか」という感じですかね。「今のアナタ」と、「何十年後かのアナタ」は違うのです。さらに言えば、「今までのアナタ」も違うのです。

「アナタ」

では、「アナタ」とは誰でしょう。おそらく、僕でもあり、私でもあり、あなたでもあるでしょう。

  • 「過去に好きな人がいたけど、今はその好きな人がいない状態になってしまった人」
  • 「過去に愛を誓い合った仲の人がいたけど、今ではもうその人と離れてしまった人」
  • 「愛を捧げる相手が見つからないまま、これまでなんとなく生きてきてしまった人」

そんな「アナタ」です。

僕は分かるよ アナタの心 僕があの人に出会うまでの
きっと、きっと 命とはその出会いのことで

そう、あの人に出会うまでの僕も「アナタ」です。
「あの人」は、僕の「君」です。
その「出会い」で、僕に「命」が宿ります。
それが、僕の「生きる意味」です。「君」への思いです。

もしも今あなたが「アナタ」状態なら、こんな思いを伝えたい。
もしも僕が「アナタ」状態になってしまったら、こんな思いを伝えたい。

そんな歌です。
それが、何十年後かに「君」と出会っていなかったアナタに向けた歌です。

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