【歌詞考察】五月の蝿/RADWIMPS【五月蝿い】

「五月の蝿」と書いて、「ごがつのはえ」と読みます。
「五月蝿い」と書いて、「うるさい」と読みます。

五月の蝿は、うるさいらしいのです。

五月の蝿(ごがつのはえ)

歌詞はこちら

※閲覧注意。と、言っておきます。

収録アルバム

7thアルバム「×と○と罪と(2013年12月11日)」の6曲目に収録されています。

16thシングルでもあります。(「ラストバージン」と両A面シングル)

「ラストバージン」が◯なら、「五月の蝿」は×でしょう。罪でしょう。そんな感じがします。

曲の特徴

とにかく歌詞が凄いです。凄いというか、ひどいです。
知らない方は、想像以上にひどいと感じると思います。
本当に気を付けてください。

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歌詞の考察


五月の蝿のYouTubeのMVは、"この動画にはコメントできません。"となっているのです。他のRADWIMPSのMVは普通にコメント出来るようになっているのに。これは何かしらの配慮でしょう。それくらいのこの五月の蝿という曲の歌詞は凄まじいです。エネルギーが溢れすぎていて賛否両論です。嫌悪感を抱く人の多いことでしょう。でも、強烈な愛情を注ぐ先を失った時に流れる感情は憎悪にも似たエネルギーというのは何か分かります。MVで流れ出す液体も、行き場を失って溢れ出したその感情でしょう。生命エネルギーそのものでしょう。

この"五月の蝿"は、"ラストバージン"と共に両A面シングルで発売されたのですが、このコントラスト(対比)がまたゾクゾクします。

五月蝿い(うるさい)蝿が消え去って、ジューンブライド(6月の結婚)が訪れるかのような。

僕は君を許さないよ

僕は君を許さないよ 何があっても許さないよ

この曲の歌い出しはこのように始まって、この曲の間はずっと、何があっても君を許さないんです。君に対する積もり積もった感情をぶちまけるかのような表現が続きます。

君の罪

君の罪裁く法律はない あぁ なんて世界だ

汚れが1ミリもない君の罪は重い。
「汚れのない君」は、「汚れまくりな僕」を傷付けている。自分勝手な思考です。

そんなこと思ったりするんでしょう。そうやって人は生きているんでしょう。

君が嫌い

空が蒼いように 華が散るように 君が嫌い 他に説明は不可

ここまで言うか。というかこの部分以前にここでは書けないような様々な表現が溢れまくっています。

生まれてはじめての宗教が君

こうやって人は生きてゆくんでしょ? 生まれてはじめての宗教が君です

これがこの曲のある意味一つの結論です。僕は君に心酔しきっていたのです。それまでの僕の人生は君がすべてだったのです。それを軸にして生きていたわけです。そしてそれを失ったわけです。それまでの軸が消え去ったのです。これから生きていくためには、そこで軸を再構築しなくてはなりません。君を忘れて再構築なんて出来ないんです。それくらい君の存在は大きかったから。僕の人生そのものだったから。だから、君を嫌いという軸でまた人生を始めるわけです。君への愛情エネルギーをすべて憎悪に変換して君を嫌うエネルギーに置き換えていく。すると他のことが嫌いな君よりもマシに見える。君がすべてだった僕にとって、唯一つの生きる道なのです。

でも、嫌うのは君だけ。君だけでいい。

君は何も悪く無いよ

君の愛する我が子に対して、最後にこう言います。

君は何も悪く無いよ 悪くないよ 悪くないから

ここで言う"君"は、"君の我が子"と捉えるのが自然ですが、この"君"は、やはり"君"なんです。君は何も悪くないんです。

僕は、"僕の中の君"を最強最悪に嫌ったのです。"君"とは違う"僕の中の君"を。それが僕がこれから生きるための手段なんです。宗教なんです。

"僕"と"君"を切り離しているんです。"君"には迷惑かけないように。"僕の中の君"だけを嫌って。

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おわりに

  • ダメな人は、ダメ。
  • 分かりたい人は、分かろうとする。
  • でもやっぱり、分からない。
  • 分からなくもないけど、きつい。
  • なんていうか、ゲスの極み。

様々な感想が溢れるこの曲でしょう。

「お母さんの子になんて産まれなきゃよかった」

これは、どうしようもなさを表現しているのだと思います。
どうしようもないお母さんから産まれた子は、産まれた時からどうしようもないのでしょうか。

君は何も悪くないんです。

君を嫌ったわけではなくて。

君という憎しみの対象を作り上げて、嫌っただけですから。

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