あんなに心酔した恋人と別れた時に聴いておきたいRADWIMPSの曲ベスト3

有心論

歌詞はこちら

これはRADの中でも名曲中の名曲ですね。曲としての知名度も高いです。ミスチルの櫻井和寿さんがボーカルを務めるBank Bandがカバーしているくらいです。

自分の中の嫌いなところ 自分の中の好きなところ
どっちが多いかもう分かってて 悲しくなった

RAD詞に出てくる僕の人物像は、大体こんな感じですね。自分の中の嫌いなところが多すぎるのです。

君があまりにも綺麗に泣くから 僕は思わず横で笑ったよ
すると君もつられて笑うから 僕は嬉しくて 泣く 泣く

そこに君が現れて、そんな僕を救うのです。君は神であり救世主。RADの世界観をこの曲は見事に表現しています。

君は人間洗浄機 この機会に どのご家庭にも一つは用意して頂きたい
こりゃ買わない手はない 嘘ではない
驚くべき効果を発揮します 新しい自分に出会えます
ただ中毒性がございます 用法・用量をお守りください

君と出会って僕は生まれ変わるんです。僕からしたら君は神みたいなものなんですね。君が僕を作ったと言っても過言ではない。そんな感じです。そんな君は中毒性があるので、気を付けないと依存してしまう。

誰も端っこで泣かないようにと 君は地球を丸くしたんだろう?

ここも名フレーズ。地球は丸いから、誰も端っこに行けないよね。

誰も命 無駄にしないようにと 君は命に終わり作ったよ

そして命の終わりの話。生には限りがあるからね。

明日を夢見た人間信者は 明日の死を待つ自殺志願者に
3分前の僕が また顔を出す

ここは曲の作りとしてもMVの作りとしても良く出来ています。この部分から3分前の状態に戻ります。MV上の演出も3分前に戻ります。冒頭の歌詞の人間不信者状態に戻るわけですね。

だけど、だけど、左心房に君がいた。つまり、僕の心の中にはいつでも君がいる。君はいなくなってしまったけど、心の中にはずっといるからね。だから問題はないよね。そんな感じです。

この間、2秒。MV上も2秒間、時が止まります。

そして、心臓にいる君が、僕を生かしてくれる。神を超越し、心臓になったのです。

ここで、よく似た言葉のご紹介。

有神論(ゆうしんろん)

"神は存在する"という主張のことです。対義語は無神論。神は存在しないという主張のことです。

そう考えると、有心論の対義語は無心論です。心なんてないよという主張です。この詞の中では、僕は無心論者から有心論者に変化するような流れですね。そしてその"心"とは、"君"である。"君がいなかった状態"から、"君が側にいる状態"、そして"君が心にいる状態"へ。

唯心論(ゆいしんろん)

存在論的な立場・主張ですね。対するは唯物論。唯物論とは、物的なもの以外は存在しないという主張です。唯心論は、逆に存在するのは心のみであるという主張です。
少し言い換え、限定しますと、人間は心から成るか体から成るかという話と関連がありますね。また異なる立場として、養老孟司氏が提唱した唯脳論というのもありますね。「脳という構造が心という機能と対応している」という考え方です。

少し話を広げすぎましたが、この観点で有心論を捉えてもやはり、「"君"という"心"が、僕を作り出している」という構図とマッチしていますね。

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me me she

歌詞はこちら

"me me she"と書いて、"女々しい"と読みます。RAD詞に良くある"○○と書いて✕✕と読む"シリーズですね。

でもまあ、"me me she"なので、"僕、僕、そして彼女(君)"という意味ももちろん含まれます。

僕を光らせて君を曇らせた

この表現はRAD詞であるあるの格差恋愛です。君上位。僕下位。僕は、君と恋することによってそれまでより輝けるようになった。一方の君は、僕と恋することによってそれまでより輝きを失ったのではないか。そんな思いです。重いです。

君の嫌いになり方を僕は忘れたよ どこを探しても見当たらないんだよ
あの日どうせなら さよならと一緒に教えて欲しかったよ

わがままですね。自分勝手ですね。自己中心的ですね。どのように別れに至ったかはいろいろあるかもしれないけれど、振られたとして、振るなら嫌いになり方も他の誰かの愛し方も一緒に教えてよ、という。そのアフターケアまで要求するという。

そして、よくある約束。

約束したよね 「100歳までよろしくね」
101年目がこんなに早くくるとは思わなかったよ

ですよね。100歳までよろしくって約束は、別れがきたらその時が101年目なんですよね。

約束したよね?なのになんで?約束ってなに?
という。

こんなこと言って ほんとにごめんね
頭で分かっても心がごねるの

あーだこーだごねすぎですね。分かっててもごねてしまう。

だけどそんな僕
造ってくれたのは 救ってくれたのは
きっとパパでも 多分ママでも 神様でもないと思うんだよ
残るはつまり ほらね君だった

ここでも君は、神を超えます。RAD詞における"君"は、神以上の存在なんです。僕を造ることさえ出来るんですから。

僕が例えば他の人と結ばれたとして
二人の間に命が宿ったとして
その中にもきっと 君の遺伝子もそっと
まぎれこんでいるだろう

そうですね。君が僕を造ったんですからね。遺伝子まぎれこみますよね。ここは、賛否両論ありそうな表現ですね。いつまで昔の彼女を引きずるんだよ。と。

でも君がいないなら きっとつまらないから
暇つぶしがてら2085年まで待ってるよ

RADの野田さんは1985年生まれですからね。2085年は、100歳になる年です。
結ばれた他の人と、その間の子と、暇つぶしがてら待ってるよ。というなんとも炎上しそうな内容ですね。

僕の好きな君 その君が好きな僕
そうやっていつしか僕は僕を大切に思えたよ

自分嫌いな僕が、自分を好きになる手法ですね。RAD詞ではよくある手法です。僕の好きな君が好きな僕だから、僕は僕が好きになれる。

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五月の蝿

歌詞はこちら

五月の蝿のYouTubeのMVは、"この動画にはコメントできません。"となっているのです。他のRADWIMPSのMVは普通にコメント出来るようになっているのに。これは何かしらの配慮でしょう。それくらいのこの五月の蝿という曲の歌詞は凄まじいです。エネルギーが溢れすぎていて賛否両論です。嫌悪感を抱く人の多いことでしょう。でも、強烈な愛情を注ぐ先を失った時に流れる感情は憎悪にも似たエネルギーというのは何か分かります。MVで流れ出す液体も、行き場を失って溢れ出したその感情でしょう。生命エネルギーそのものでしょう。

この"五月の蝿"は、"ラストバージン"と共に両A面シングルで発売されたのですが、このコントラスト(対比)がまたゾクゾクします。

五月蝿い(うるさい)蝿が消え去って、ジューンブライド(6月の結婚)が訪れるかのような。

僕は君を許さないよ 何があっても許さないよ

この曲の歌い出しはこのように始まって、この曲の間はずっと、何があっても君を許さないんです。君に対する積もり積もった感情をぶちまけるかのような表現が続きます。

空が蒼いように 華が散るように 君が嫌い 他に説明は不可

ここまで言うか。というかこの部分以前にここでは書けないような様々な表現が溢れまくっています。

こうやって人は生きてゆくんでしょ? 生まれてはじめての宗教が君です

これがこの曲のある意味一つの結論です。僕は君に心酔しきっていたのです。それまでの僕の人生は君がすべてだったのです。それを軸にして生きていたわけです。そしてそれを失ったわけです。それまでの軸が消え去ったのです。これから生きていくためには、そこで軸を再構築しなくてはなりません。君を忘れて再構築なんて出来ないんです。それくらい君の存在は大きかったから。僕の人生そのものだったから。だから、君を嫌いという軸でまた人生を始めるわけです。君への愛情エネルギーをすべて憎悪に変換して君を嫌うエネルギーに置き換えていく。すると他のことが嫌いな君よりもマシに見える。君がすべてだった僕にとって、唯一つの生きる道なのです。

でも、嫌うのは君だけ。君だけでいい。

君の愛する我が子に対して、最後にこう言います。

君は何も悪く無いよ 悪くないよ 悪くないから

ここで言う"君"は、"君の我が子"と捉えるのが自然ですが、この"君"は、やはり"君"なんです。君は何も悪くないんです。

僕は、"僕の中の君"を最強最悪に嫌ったのです。"君"とは違う"僕の中の君"を。それが僕がこれから生きるための手段なんです。宗教なんです。

"僕"と"君"を切り離しているんです。"君"には迷惑かけないように。"僕の中の君"だけを嫌って。

 

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